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年寄りは大変

昨日、当店のHPアドバイザーであるK君が久しぶりに来店し、HPの更新に関する技術的な《指導》をしてくれた。何しろ年齢のせいか、もの覚えが悪くなっていて、ブログ更新の手順さえ、簡単には頭に定着しない。《劣等生》の苦難を肌で感じるところだ。今も、昨日教えてもらったことを《復習》する気分で、ブログ更新をしている。何とか、言われた通りの《展開》となっているので、今後は少しは気軽に更新できるようになるだろう。まあ、こういうご時世を生きていく年寄りは、ホントに大変なことである。今、《要求》されている「ラインを始めよ」も、できない「逆上がりをやれ」と言われているに等しい。当分、待ってもらうしかないな。
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3.11

東日本大震災から丸々5年経過しました。あの日と曜日の配置がぴったりいっしょだ!!ということに今日気づきました。
5年前、OPENしてまだ日の浅かった当店は、経営的にも安定せずに、「明日の土曜健康マージャン頑張らなくちゃ」と思いつつ、《期待の金曜日》の仕事に向かうため、地下鉄のホームに入っていった時でした。けたたましいブザー音が突如鳴り響き、「?」と思う間もなく、構内アナウンスが「大きな地震が発生しました」と伝えたのでした。その瞬間は、まだ揺れてはいませんでした。が、間もなく未体験の激しい揺れが来て、本能的に、「地上へ」と駆け出したのでした・・・・。揺れがある程度収まって、四苦八苦、家に駆け戻ったら、もう仕事に向かうどころではなく・・・・・
翌日の健康マージャンは、ゲストは来ないし、店内片付けは大変で、とても開催できるような状態ではなかったのでした。
あの日から、丸5年の金曜日!
ずいぶん大変な5年間でした。自分のことと店を守り抜くことで精一杯の日々で、支援も募金もボランティアも何もできませんでした。ただ、密かに心していたことがあります。被災地に向けて、「この苦難の中でも、希望を失わないで」とは《発信しない》決意でした。これほどの悲劇を前に、希望を見出すのはなまなかのことであるはずがない。私は、私が直面している「苦難」など、ほんとに小さな豆粒みたいなものなのだから、自分などは何があっても、希望を捨てるわけにはいかない。そう覚悟することで、ささやかに被災地に「連帯」しようと考えたのでした。私が、どんな苦労にも耐える覚悟を固める時、初めて、私にも他者に向かって「希望を失わないで」と祈る資格が得られると思ったのでした。
いま、5年の年月は、私にある種の「希望」をもたらしてくれました。頑張ってきた甲斐があると思えます。
被災地の方たちは、スケールは全然異なりますが、中には「5年の歳月が、幾ばくの希望や納得をもたらした」と感じられている方もいると思います。願わくは、被災したすべての方が、年月の経過の中で、徐々に癒され、希望を取り戻されんことを。

『サギサワ』を入手

『サギサワ麻雀』のことをブログに書いて、直後、一人の若い友人から連絡をもらった。「この本のこと・・・?」と。そのメールにはサイトのURLが貼り付けてあって、そちらに飛んだところ、「表紙」のかわいい画像(鷺沢のイメージだろう)はまちがいなく探しもののそれ。すぐに電話をして、「これ!これ!ピンポン~」となり、購入してくれるようにお願いした。彼は気軽に協力を請合ってくれて、自分でまずその本を購入し、それを福島から宅配便でこちらに転送。かくして、昨日、『サギサワ麻雀』はアイリス文庫に並ぶことになった。私が、パソコンやインターネット買い物の知識が豊富ならば、自分で何とかできたのであろうが、とてもじゃないが、不慣れ。福島の若い友人は、専門学校でプログラムの勉強をして、その技術で「就職」を果たした人物。まあ、その方面の「専門家」といえる。力強い縁があってよかった。シガ君ありがとね。
ところで、福島の彼は、今も《避難生活》をしている。せっかく就職できたのに・・・。3.11のときは「本当に死ぬかと思った」というような体験をしたと言う。以前のわたしなら、直後にも見舞いに行ったと思うが、私自身が東京で「死ぬかも」と思うような商売上の苦境にあって、とてもじゃないが、福島見舞いの余裕はないで来た。が、あれから丸4年。ようやく今年、福島見舞いに出かける気になっている。商売上の心配が「死ぬかも」という水準を脱したということでもある。地震と原発事故後の福島を見届け、見舞うのは3月か4月の予定。今回の経費の精算は、「会った時まで待ってね」と電話で話した。

サギサワ麻雀

鷺沢メグム(漢字が出せない。萌という字の「明」の部分が「朋」となっている字)という作家は大変な麻雀好きだったらしく、関連したエッセイというか、コラム的短文をいろいろ書いていた。それらをまとめた本が『サギサワ麻雀』で、業界関連物では最大手の竹書房から、2004年8月に出版されている。私はこの本を図書館で見かけて、題名と著者名で読む気になり、2010年ごろに一度借り出していた。そして、今年2015年、もう一度読む気になり(というのは面白かったという感情だけが残っていて、中身をすっかり喪失していたから!)、今回再読した。やっぱり笑えた。牌姿がときどき現れるのは、阿佐田哲也の麻雀小説と同様だが、『麻雀放浪記』と比して、はるかに軽やかで、乾いていて、よい。今回の体験で、「ぜひ手元に置いておこう」と決意し、インターネット買い物サイトで探してみた。が、まったく出てこない。一度「欲しい」と思ってしまった本は、なんとしても・・・とこだわってくる。昨日、竹書房に電話。事情を話して、直接購入を申し出たところ、もはや出版社にも在庫はないとのこと。つまり、私が今借り出している図書館の本は、「欲しい」と思う人間には、大変な貴重品ということになる。初版で何部刷ったか、までは聞かなかったが、まあ3000とか5000ぐらいなのだろう。と書いていて、そうだ、直接聞きゃいいんだと思いつき、早速竹書房に℡。しかし、《企業秘密》らしく、「教えられません」。やっぱり神田あたりの古本屋を巡るしかないみたいだ。
なぜそんなにこだわるか?
それは、読んで面白い、を通り越して、自分でもこんな「エピソード」を語れたらな~と思わせるような、麻雀にまつわる「悲劇」がいっぱい出てきて、語り口の手本になりそうだから。つまり、サギサワみたいに、自分の「悲劇」・・・かなり多数ある・・・を笑い飛ばしてみたいという願望が、臨界点まで来ているということの反映らしい。何しろ、ここのところ、ずっと悲劇的麻雀人生が続いていて・・・。
ところで、鷺沢は2014年の4月に死んでいる。36歳だった。(これらのことも今回初めて私は意識した。「サギサワ麻雀」は死後出版だった)  自殺だったとのことで、けっこうショックは大きい。インターネットでいろいろ見ていると、その当時、大変な《話題》だったようで、ファンや文芸通の人々は、彼女の早すぎる死をとても惜しんでいる。追悼の気分を込めて、改めて彼女の「本業」の方の作品も読んでみようと思い至った。ちなみに、2010年に初めて「サギサワ麻雀」を借り出したのは、「本業」の作品がどんな感じかを少し知っていて、そちらと麻雀があまりにも、繋がらなかったから、借りる気になったのだった。
ところで、この本、どっかに落ちてませんかね。

営業開始

3日の健康マージャンからアイリス始動いたしました。
早くもほぼ満卓。好スタートを切ることができました。ありがとうございます。
今年は現在 水・土の二日間しか開催できていない健康マージャンの例会をもう一日増やしたいと思っています。
と言っても、この「挑戦」、ここ2年くらいやっていることで、「またか・・・」の感がないわけではないチャレンジです。
ポイントは核になるゲスト。土曜日例会も水曜日も「恩人」と呼べるような牽引役のメンバーがいて、今日の発展に繋がって来ました。(ご本人にそうとは言いませんが、実は心の中で感謝の気持ちをいつも確認しています。)木曜例会確立にあたっても、そのようなゲストを見出せるかどせうかが鍵だろうと思います。2年間探し出せなかった牽引役を今年こそは「発見」したいと思っています。
ところで、お正月。なぜか、仲間が集まると、ゲームをしたくなり、トランプや花札やマージャンなどの《賭け事》をします。人によっては、めったに行かないパチンコに行ったり、競馬をやったり・・・・。もしかすると「賭け事」は人生の《ハレ》の象徴なのかも知れませんね。そう考えたら、お御籤を引いたりするのも、一種の賭け。運勢を神意に賭けているわけですね。
ということは、あまり引きのよくない私、今年は好運勢らしい現況です。
新春マージャン大会で快勝いたしました。(何だよ。自慢話かい・・・)
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